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サン・ファン・バウティスタ号の誕生日♪


 第20回記念サン・ファン祭りが無事終了いたしました!
天候にも恵まれ、多くの皆様にご来場いただくことができました。

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 ところで、サン・ファン祭りがなぜこの時期に行われているか知っていますか?

 正解は、サン・ファン・バウティスタ号復元船の誕生日が5月22日だからなんです。
 今から20年前の平成5(1993)年5月22日、サン・ファン・バウティスタ号の進水式が行われ、船は建造後初めて水に浮かびました。
その進水式を復元船の誕生日と位置付け、毎年この時期にサン・ファン祭りが行われています。

 進水式当日、石巻市は街じゅうが祝賀モードに包まれ、近くの中瀬公園を主会場に様々なイベントが開かれるなど大きな盛り上がりを見せました。
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写真:進水式の様子
(H5年5月22日)



 さて、当館には唯一、当時のことをよく知る職員がいます。
その人こそ船舶課職員・芳賀亨さん。
 芳賀さんは、サン・ファン・バウティスタ号の建造にかかわった船大工の1人です。
 今回は、サン・ファン号を20年間見守ってきた芳賀さんに、当時のこぼれ話・これからの目標など様々なお話を伺いました。


【サン・ファン号との出会いは?】
 当時は市内の造船所の下請け会社で働いていた。
「宮城県が大きな帆船を作るらしい」という噂が立っていて、興味があったので建造時に副頭領となる予定の人の家に行って話を聞いた。そこで参加することを決めたよ。
 今までは重さ100トン・幅3~4メートル規模の船しか扱ったことがなかったが、サン・ファン号は重さ500トンで幅10メートル。一気に5倍になった。こんな船、図面を見るのも初めてだったね。


【建造にはどのくらいの船大工が携わったのか?】
 船を造った当時は40人くらい船大工がいた。平均年齢は65歳。
当時自分は55歳だったが、これでも下から2番目の若さだった。
 20年前でこの年だから、現在でも元気な人は10人くらいしかいないね。
船大工たちと現在でも交流はある。といってもたまに会う程度かな。


【この20年間はどうだったか?】
 長く感じたね。
 船を作っているときは面白くて、あっという間に時間が経った。終わってから振り返ってみるとさびしく感じる。
 


【サン・ファン号建造に携わって最も感動したことは?】
 進水の際、天皇・皇后両陛下がいらっしゃったことかな。
お二人は船の周りをぐるっと回って見学された後、作業員たちが整列している所にやってきて、お声をかけていただいた。これは予定にはなかったんだ。
 「体に気を付けて頑張って下さい」というその時の言葉は今でも覚えているよ。


【これからの目標は?】
 サン・ファン号を、長い間皆に見てもらえる船にしたい。
あと、自分でもまた船を作りたいね。可能なら5メートルくらいの大きさのものに挑戦したい。
 船舶課職員で協力してやっていきたい。


 進水から20年。同じ年に生まれた子どもは、立派に成人を迎えています。
20年間見守ってきた芳賀さんにとって、サン・ファン号はまさにわが子のような存在なんでしょうね。
 震災では被害を受けたものの、なんとか成人式を迎えたサン・ファン号。
これからも皆様に愛される存在でいられるよう、当館では今後も修復・保存や活用に努めてまいります。
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by santjuan | 2013-05-27 21:00 | サン・ファン館
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